「親になる」という秘められた能力 ―なぜ親になることはこんなにも大変なのか?―
育児は、感情だけでなく精密な「実行機能」に支えられています。
親は小さな子どものサインを読み取り、瞬時に判断し行動する――それは、CEOにも匹敵する心のスキルです。
実行機能とは、私たちが自分の思考・感情・動機・目標に基づいて行動をコントロールする力を指す言葉です。
優れたCEOが高い実行機能を持っているように、もうひとつ、同じくらい高度なスキルを必要とする存在があります。
それが「親」です。
赤ちゃんのサインに従うということ
もし、買い物袋を両手に抱えながら泣く赤ちゃんをあやす親に「どうやってやっているの?」と聞いたら、多くの親はこう答えるかもしれません。
「赤ちゃんの反応に従ってるだけよ」
けれど、この「赤ちゃんのサインに従う」という行為こそ、実は育児の**ゴールドスタンダード(理想的基準)**なのです。
過去20年間の神経科学の研究によって、子どもが生き延びるためには食事や睡眠といった基本的な要素だけでなく、情緒的なケアと支えが不可欠であることが明らかになっています。
愛情や慰めは単なる美談ではなく、人間の幸福感の中心的要素なのです。
愛着理論と「安全な関係」
アタッチメント理論(愛着理論)の研究では、安心できる養育者との関係が、人生において不安にどう対処するか、感情をどう調整するかに深く関係していると示されています。
心理的な問題の多くは、愛着の不安定さと相関しています。
愛着のあり方は、私たちの発達を健全に促すか、あるいは大きく後退させるかを左右するのです。
子どもと安全な愛着を築くには?
その答えのひとつが、**「優れた実行機能」**にあります。
赤ちゃんのサインを読み取ることは、想像以上に繊細で正確な行為です。
混乱した瞬間に赤ちゃんを落ち着かせるには、複数の能力が同時に働く必要があります。
子どものニーズを直感的に理解し、迅速かつ的確に応えるためには、感情調整・注意の切り替え・柔軟な判断力など、多面的なスキルが求められます。
そこには、まさにダイナミックな知性が働いているのです。
メアリー・エインズワースの「母親感受性尺度」
愛着理論の発展に大きく貢献した心理学者メアリー・エインズワースは、母子の相互作用を詳細に観察しました。
彼女は、子どもが安定した愛着を築くための親の特徴を、次の4つの尺度としてまとめました。
1. 赤ちゃんのサインへの敏感さ vs. 鈍感さ
敏感な親は、複数の実行機能を駆使して、子どものサインを見逃さず、正確に読み取り、適切に反応します。
自分の感情をコントロールし、子どもの感情を過剰に背負い込むこともありません。
たとえば、公園から帰るのを嫌がって泣く子どもを、「たいしたことない」と切り捨てず、子どもにとっては現実的で大きな問題なのだと理解する姿勢が求められます。
このような感受性を保つには、親自身の不安を扱いながら、社会的気づきと共感力を維持する力が必要です。
2. 子どもの行動への協力 vs. 干渉
協力的な親は、子どもを自律した一人の人間として尊重します。
子どもの行動や望みには意味があると認め、むやみに介入しません。
そのためには、自分の欲求を後回しにするフラストレーション耐性や、必要なときだけ介入するための戦略的思考が求められます。
また、自分の不安や「思い通りにしたい気持ち」を抑え、子どもの主体性を守る力も必要です。
3. 身体的・心理的な応答性 vs. 無視・放置
応答的な親は、常にどこかで子どもの存在に意識を向けています。
自分のことに夢中になりすぎて、子どもを見失うことがありません。
そのためには、注意の柔軟性や選択的集中が欠かせません。
優れたCEOが複数のタスクを管理しながらも「今ここ」に集中するように、親も同じように状況を切り替えながら反応しているのです。
4. 子どものニーズの受容 vs. 拒否
受容的な親は、育児に伴うポジティブな感情とネガティブな感情の両方を認め、現実的にバランスを取っています。
生活が変化したことに対して恨みを抱かず、責任を引き受けながら日々を過ごしています。
子どもの行動にイライラしても、それを個人的に受け取らず、冷静に対応します。
また、衝突があっても気持ちを切り替え、関係を修復できる力を持っています。
内省的で感情のバランス感覚があり、子どもの発達段階に合わせた思いやりのある姿勢を保っています。
「親になる」ことは、高度な知的営み
このように、「優れた親になる」というのは本能だけに頼ることではありません。
それは、高度に洗練された認知的・感情的スキルの連携によって成り立っています。
そして、その能力は、優秀なリーダーや経営者に求められる力にも決して劣らないのです。

