「トラウマとは何か」 ― 心の圧倒と癒しのプロセス
トラウマとは、単なる「つらい出来事」ではなく、心が圧倒され処理できなくなった状態を指します。本記事では、その本質と癒しのプロセスについて解説します。
トラウマとは何か
トラウマとは、「心が打ちのめされ、圧倒された状態」を指します。
単なる出来事そのものではありません。
それは「圧倒された内的な状態」であり、ある体験が自分の処理能力を超えてしまった瞬間に生じます。
その出来事は心の中で統合されず、しばしば身体感覚として生々しく残り、未解決のまま続いてしまうのです。
トラウマはどのように起こるのか
トラウマは、虐待や暴力、取り返しのつかない喪失体験といった明らかな恐怖によって生じることがあります。
一方で、慢性的で繊細な状況――たとえば持続的な無視、感情的な不在、恥を与える行為――が原因となることもあります。
重要なのは、トラウマは出来事の大きさで決まるのではなく、それを処理できなかったという事実で定義されるということです。
解毒剤は「知ること」ではなく「感じること」
もしトラウマが「処理されなかった体験」によって生じるのであれば、その解毒剤は単なる知的理解だけでは不十分です。
必要なのは「再び圧倒されることなく、安全に、そして完全に感じること」です。
意味のある心理療法とは、まさにそれが起こる場所です。
セラピストとの安全な関係の中で、処理されなかった体験が表に現れます。
それは記憶としてよみがえることもあれば、感情、身体感覚、あるいは「今この瞬間に再現される人間関係のパターン」として表れることもあります。
このプロセスこそが本当に必要な作業です。
すなわち、感情が体験され、統合されるためのスペースをつくること。
これによって、トラウマが私たちの人生を左右し続けることは止まります。
「トラウマ」という言葉が意味を失うとき
近年、「トラウマ」という言葉はあまりにも一般的に使われるようになりました。
ひどいデートや、コーヒーが遅く出てきたことまで「トラウマティック」と表現されることさえあります。
一面では、心理的な傷を認識する文化的変化とも言えます。
しかし同時に、この言葉を平坦に使いすぎると、「苦痛」「困難」「圧倒的な心の損傷」との区別がつかなくなります。
すべてが「トラウマ」とされてしまうと、その深みやニュアンスは失われてしまいます。
結果として、「トラウマセラピー」も専門的な営みではなく、単なるブランドのように扱われかねません。
セラピーの本質とは
トラウマが明白であれ、日常の関係性の中に隠れていようと、課題は同じです。
それは、**「かつて耐えられなかったものを、いま安全に感じ、統合できる空間をつくること」**です。
「かつて耐えられなかったことに、今、耐えられるようにすること」。
これこそが、意味のあるセラピーの本質にある大切な作業のひとつなのです。

