幸せになりたいあなたへ──それは本当に幸せですか?
鬱=心が死んでしまった状態
多くの人が「もっと幸せになりたい」と思ってセラピーにやってきます。
しかし、「幸せになる」とは一体どういう意味でしょうか?
そして、「幸せ」とは「鬱」の反対の意味なのでしょうか?少し考えてみましょう。
「鬱」という言葉は、日常的に使われるようになってきました。
「うつっぽい」と言えば、ただ「悲しい」という意味になることもあります。
「悲嘆」と混同されることもありますし、医学的には抗うつ薬を処方するための診断名として使われます。
私たちが考えるセラピーにおいて「うつ」は単なる「悲しみ」ではありません。
それは、心が死んでしまったような状態のことです。
なぜなら、うつは人生の感覚を鈍らせ、意味を平坦にし、心の惰性を生み出します。
その意味では、たしかに「幸せ」とは正反対に思えるかもしれません。
しかし、このような捉え方は、ある重要なことを見落としています。
幸せはひとつの感情
「幸せ」は安定した状態ではありません。それは一時的な感情です。
そして、セラピーでは幸せとか充実感などの感情を「作り出すこと」を目的としているわけではありません。
セラピーは、「感情を耐えうること」「感情に耳を傾けること」、そして「反射的に反応するのではなく、立ち止まって考えること」を助ける営みです。
充実した人生には、たしかに幸せも含まれます。
しかし、同時に、悲しみ、怒り、渇望、欲求不満も含まれています。
もし「幸せ」だけを追いかけるなら、大切な何かを見落としてしまいます。
そして、それはただの快楽主義にすぎないのではないでしょうか。
本当に大切なのは、「気分がいいこと」ではなく、物事に対して「生きている」と感じることなのではないでしょうか。
生きている感覚とセラピー
では、「生きている感覚」とは何でしょう?
それはおそらく「いい気分」でも「常に楽しい」ことでもありません。
それは以下のような「能力・スキル」だと思われます。
- 自分の感情をちゃんと感じる力
- 自分の感情を理解する力
- そしてその感情に基づいて、現実の生活の中で行動する力
有名な分析家のアンナ・フロイトはかつてこう言いました
「夢の中では、卵を自分の好みに調理できる。でも、それを食べることはできない」
願望を「行動」に変えるには、勇気が必要です。
私たちが願望を現実に生きるとき、想像通りにいかないことの方が多いです。
それが「現実」だからでしょう。
そしてそこにこそ、セラピーの意味や重要性があると思われます。
- あなたが自分の願望を自分のものとして感じられるようにすること
- 叶わなかったことを悼めるようにすること
- 予測不可能な現実を受け入れる勇気を持てるようにすること
なぜなら、現実の卵料理は、その味が味わえない夢(空想)の卵料理よりもずっと価値があるからです。
セラピーは「幸せにしてくれるもの」ではありません。
「さまざまな感情を感じられるように、楽しめるようにすること」そしてそれに「耐える力を育てること」です。
本当に「生きている」と感じ、願いを持ち、リスクを取る力を取り戻すことです。
それこそが、単なる「理想としての幸せ」よりも、ずっと深く、満ち足りたものなのですから。

