人はなぜ、苦しい体験を繰り返し続けるのか?
繰り返しには心理学的な理由がある
「また同じ失敗をしてしまった…」そう嘆いたことはないでしょうか?
人は時に、過去に辛い思いをしたにもかかわらず、同じような苦しみを繰り返してしまうことがあります。
なぜ私たちは、傷つくと分かっている道を選んでしまうのでしょうか?
それは単なる偶然や運命ではなく、心理学的なメカニズムが深く関わっています。
本記事では、無意識のパターンや心の仕組みに焦点を当てて6つのパターンをご紹介し、そのループから抜け出すためのヒントを探っていきたいと思います。
①罪悪感を緩和するため
人によっては、何かを楽しむことが、何か「してはいけないこと」のように感じられます。
このような人は、例えば昇進すること、成功すること、快楽を求めることに対して罪悪感を抱えます。
そしてこのような人は、「してはいけないこと」をしてしまった罪を償うため、そして良心の呵責に苛まれないように、あえて苦しい状況に自分自身を置きたがります。
またこのような人は、苦しい体験のことを、あらゆる楽しみが許されるための『許可証』のようにも感じられているのです。
②支配間やコントロールを得るため
人によっては、過去のトラウマ体験を繰り返し経験することに意味を見出している人がいる。
これには、過去のトラウマ体験を繰り返し経験することで、その体験を無かったことにするような、過去の過ちを正すことができるような、そんな別の結果になるのではないかという(無意識の)空想が根底にあると思われます。
そして結果的に、同じ苦しみを再体験し続けるという状態になります。
このような人は、体験の繰り返しによって、無力感を植え付けられたトラウマ体験や苦しい体験に対し、自分はなんとかそれをコントロールできているという感覚を得ようと試みているのです。
③苦しい体験から安心感を得るため
例えば、馬小屋が火事になったとき、そこから救出された馬は、パニック状態に陥っていると、再び馬小屋に戻ろうとします。
これは、馬にとって馬小屋は、安心感と安全感の場所であり、「家」として捉えられているからです。
同じように人間にとって、幼少期の愛着体験というものは、それがどんなに不幸なものであっても、「家」として捉えられます。
どんなに放置されていた、虐待されていたとしても、そこは子どもが知る限りのケアが与えられた場所であり、『快適』な場所だったと捉えられます。
そのため、人によっては、その『快適さ』を得るために、同じ苦しい体験を探し続けることがあります。
④二次利得を得るため
苦しい体験や様々な精神健康上の症状が、その人にとって間接的に利益をもたらすことがあります。
このことを臨床家は「疾病利得」「二次利得」と呼んだりします。
例えば、周囲からの注目や共感、責任からの解放、周囲からの特別扱い、経済的奨励(障碍者手当など)が挙げられます。
二次利得は、苦しい体験を継続させるための強力な動機になり得ます。
そのため、心理療法では、患者に治ることの「不都合」な面について考えてもらうことが重要とされています。
「不都合なんてない!治るためなら何でもする!」と言い張る患者は多くいます。
しかし、セラピストが「そんな急がずにゆっくり考えてみよう」とアプローチし続けると、そこには治ることに対する驚くほど様々な気持ちがあることに気づきます。
⑤他者を罰するため(パッシブ・アグレッション)
誰かを苦しませたいと思う気持ちは、自分が苦しい体験を避けたいという気持ちより強力です。
例えば、人によっては、成功や幸せにつながる努力を(無意識に)怠ることがあります。
その理由は、「それはあの人が私に望んでいること」だからです。
これは、”cut off your nose to spite your face.”直訳すると、自分の顔を恨んで鼻を切り落とすという慣用句と同じような状態です。
精神的症状は、場合によっては本人だけでなく他者にも苦しい体験になります。
例えば、うつ病を患っている人は、抑うつ感がひどく、日常的に自身の役割を果たせていないことが多いです。
その役割とは、例えば、職場での役割やお金を稼ぐこと、社会的つながりの維持やパートナーとの関係性(性生活を含む)などです。
誰かがこれらの役割を本人に望めば望むほど、このような人はその役割から遠ざかるでしょう。
また、このような人は他者に苦しみを与えることにサディスティックな快感を(無意識に)得ています。
特に、自身の行いが責任を伴わなかったり、悪い結果につながらない場合には、その傾向が強いと言えます。
なぜなら、苦しんでいる本人(被害者)のことは、誰も責められないからです。
⑥自尊心を高めたり、優越感を得るため。
人によっては、自分の価値や優越感というものが、すなわち自暴自棄や自分を自ら罰することによって形作られていることがあります。
その人は例えば「私はあなたより優れている。なぜなら私の方があなたより苦しんでいるからだ。」と考えています。
そして苦しめば苦しむほど、他者より優れているような気持ちになります。
臨床家はこのような状態のことを「道徳的マゾヒズム」と呼びます。
セラピーの勧め
上記で紹介した6つのパターンは、多くの場合、意識的に選択されたものではなく、無意識に行われていることがほとんどです。
セラピーでは、これらのパターンについて考え、気づくことで、苦しい体験を繰り返さずに済むよう変わっていくお手伝いをすることができます。

